今年はアメリカへ渡りアスレティックトレーナーを目指します。TOEFLや留学準備の毎日です。ichihara0707@gmail.com    


by ichiharatr

「任せる」

「任せる」ということについて最近すごく難しいことだと感じる。
下級生のころ、先輩から何か任されると「自分でしっかり最後までやろう」と思い、言ってみれば「結果さえ出せば、途中経過は何も連絡しない」という状態によくなってしまっていた。   しかし、そういう時に限って先輩は自分に「任せた」といったことに関して口出しをしてくる。
今思えば、口出しされたポイントに大きな成長の鍵があったような気が今はする。

「任せた」と言われたのにも関わらず、口を出されるのはやはり途中のコミュニケーションに問題がある。ある意味、結果よりも「どう進めていくかが見える」ことの方が断然大切。
f0121536_2318507.jpg「どんな運転をしても、目的地にさえ着いてくれればいいよ、着いたら起こしてね」という意味に任された側は考えがちになるだろう。しかし、そういうドライブに例えるなら、そういった主人はたいてい助手席で起きて雑誌でも読んでたまにチラッと道順のチェックなんかは入れている。
この例えでいくと、
「おい、どこに向かっているんだよ」と言われることが問題で
「こういう道順が近いのでいきますね!」というやり取りを期待しているのである。
目的地に到着するというゴールは変わりない。
「任せた」と言われたら、基本的には「ゴールにたどり着く」ことの「方法論」を任されているのである。だからこそ、「そこに向かっていないような気にさせる」ことが一番のNG。

「任せる」ということは、「本来は自分がやることだけども、やってみてほしい」ということ。
それが「意味ある”任せる”」であれば、先輩は「何かを試している」「何か目的があってチャンスを与えている」ことになる。つまり、「自分の好きにやってみる」という側面がありながら、先輩は「自分の方法論ではない、この後輩の方法論でどうものを進めるのか」ということを見たいのだ。

つまり、ポイントは二つ。
「任された」ということは
「任せられた着地点を確認する」ということ。
「報告・連絡・相談を怠らない」ということだ。

残りシーズンも少なくなってきて、ほとんど後輩に多くのことを「任せて」いる。しかし、口出しをしたくはないけれどどうしてもせざる終えない状況に今はまだある。後少しの期間で「任されている」ということの意味を教えることはできるだろうか?必ずできるはずなので、最後までやり続けようと思う。
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by ichiharatr | 2007-10-27 23:08 | Life