今年はアメリカへ渡りアスレティックトレーナーを目指します。TOEFLや留学準備の毎日です。ichihara0707@gmail.com    


by ichiharatr

すべてを決めているのは自分だということ

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ある人が道で出会った髭の賢者に聞いた。
「どちらの方向に行けば成功するのでしょうか?」
賢者は黙ったままその方向を指し示した。
その迷える人は、成功が間近で、しかも簡単だという思いで有頂天になり、急いで駆け出した。
突然、バシャッという音が聞こえる。しばらくして、打ちのめされた茫然自失の迷える人は、方向を間違えたのに違いないと思い、足を引きずって戻ってきた。
再び賢者に同じことを問い質す。
賢者は黙って同じ方向を指し示す。
迷える人はうなずき、前と同じ方向に歩き出す。今度はバシャッという音はもっと激しかった。
迷える人は這いずりながら戻ってきた。身体は血だらけでぼろぼろ、怒りに震えているようだ。
賢者に向かってどなりながら、ひどい目に会う方向に向かわせた理由を教えろと迫った。
「黙って教えるのはやめろ。口を開け。」
ようやく賢者は話しかけた。
「成功はその方向だ。その仕打ちの、ほんのすぐ先にある。」

これは、「ビジョナリー・ピープル」という本の中に出てくる一節です。
今、この話を聞いてどう思ったでしょうか?日常生活に少し落とし込んで考えて見て下さい。
そう、迷える人があなたです。あなたは賢者に対してこう思っているのではないですか?
「成功があるとおまえが示した方向へ行ったのにうまく行かないどころか、痛みや苦しみを被ることになったじゃないか。おまえのせいで俺はひどい目にあった。どうしてくれる。」
あなたはそう思ったはずです。
しかし、何かおかしいと思いませんか?
賢者の言った方向へ行くと決意を固めたのはいったい誰なのか?
あなたですよね。自分でその方向へ行くと決めたんです。
じゃあ例えいかなる結果になろうともその責任はどこにあるのでしょうか?
賢者でしょうか?あなたでしょうか?

あなたが実際に起こした行動はすべてあなたが決めたことです。
ということは結果がどうであれその結果をあなたは受け止めるべきなのです。
しかし、多くの場合何かうまく行かなかったり、多少の困難にぶつかるとすぐ誰かのせいにしていないでしょうか?そして、自分は悪くない。そんな風に思っているのではないでしょうか?
また、自分はこれ以上できない、前に進めないそんな風に決め付けていないでしょうか?
誰もあなたがその困難を超えることができないなんて誰一人思っていないんです。
そう決め付けているのは、そうあなた自身です。

また、賢者は最後なんと言いましたか?
「成功はその方向だ。その仕打ちの、ほんのすぐ先にある。」
どうして、こんなことが言えるのでしょうか?そうです。賢者も成功するまでに同じ道を通ったから言えることなんです。そして、あなたにその仕打ちに負けて引き返してくるのではなく、自分は必ず成功するんだという意思を持って、その困難や逆境を越えてほしいと思っているのです。
間違ってもあなたにひどい目を合わせようとしたわけではないということです。これは、厳しい言葉をあえてかける場合も同様です。

また、多くの場合あなたは障害しか目に入らずに、そのほんの先にある成功が見えない。もしくはあると思えない。自分には無理だと諦める。そうではないですか?
しかし、ここでむしろあなたはその困難や逆境を自分が成長する、一歩成功に近づくためのチャンスと捉えるべきではないでしょうか。ほとんどの成功者は積み上げられてきたその財産の中に、困難やどうしようもない敗北の山を皆抱えているものです。しかし、そういう人達はその目の前に現れた障害を言ってみれば、自分が成長するチャンスと捉えてきたということです。

実は、ここまで迷える人の例えとして「あなた」と書いてきましたが、そうそれは私のことです。
私が自分自身に対してそうあるべきだと問いかけていたわけです。でも、多くの人が「私にもそういうところがある」と思ったのではないかと思います。

ということは、掲げた目標ができるもできないもそれを決めるのは「あなた」自身に他ならないということです。そうであれば、自分で自分の可能性を狭めることほど、残念な事はないと思うのです。今、私は障害を自分が成長できるチャンスと捉えることが出来るようになりました。だから、迷わないし、時間がない、お金がない、他人のせいにするなどの言い訳をしない。もくもくと進むだけなのです。"あなた"はどうですか?
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by ichiharatr | 2008-06-05 00:42 | Life